アメリカで、居宅不動産のプライベート・エクイティ・ファンドの共同経営にあたっている中山道子です。
不動産投資をされている方であれば、不動産投資審査というのは、「千三(せんみつ)」、つまり、1000の案件を審査し、そのうちの3つくらいしか、投資に適当な物件はない、そういう言い回しを聞いたことがあるかと思います。
私達が経営するファンドには、地元のネットワークがあり、多くの戸建て物件については、提携業者さんから上がってくる段階で、だいたい、事前に審査が終わっており、当方要件を満たしています。そのため、私自身は、戸建て取得にあたっては、そこまで審査に手間取ることはありません。しかし、大型のポートフォリオの審査は、通常の仲介レアルターさんの守備範囲を超えるため、こういった案件の審査には、私が、直接あたっています。
今日は、「金利1%の継承可能ローンがついた満室ポートフォリオ」の購入打診が来たのに、審査した結果、「お断りします」と言わざるを得なかったというお話です。
物件取得担当パートナーからは、購入予価は300万ドル、45戸のポートフォリオで、ほぼ満室経営。125万ドルの融資がついていて、金利は、驚きの1%、しかも、それは、継承可能(assumable loan)であるとの説明がありました。固定資産税は、ほぼ免除。しかも、すべて、デトロイトとしては築浅の2010年築であるという「夢」のような話。物件は、少なくとも外観は、添付写真のように、どれも、大変きれいでした。
一戸ごとの単価は、6万7,000ドルほどですから、私達が新規で古い物件を要修理で購入する価格と変わりません。この案件の審査には、私は、多分合計すると、40時間くらい費やしましたが、回答は、NOで終わりました。
その理由とは、このポートフォリオが、政府の紐付き案件だったからです。。
お役所の貧困対策住宅政策というのは、大体、非効率なものと相場が決まっています。
例えば、建物検査。多くの市町村で、貧困層への賃貸補助を出す場合にはそれに伴い、物件を審査する制度があります。
目的は、いわゆるSLUMLORD対策。スラム的な賃貸経営をする大家を取り締まることです。
デトロイト市にも、この制度はありますが、運用が問題。大体下請け業者に投げて、報酬体系が、「一度現地に赴くと、150ドル払う」といったような契約なため、こちらからすると、特に問題がない場合でも、大体、3回は確実に訪問してきます。このことにより回数を稼ぐわけです。テナントさんが引き起こした故障でも、不合格が出ますので、それに対しては、それがテナントの責任であっても、結局は当方が修理代を負担したうえで、早急に修理をしないと、審査に合格しません。
最適な代替策が何なのかは私にはわかりませんが、このように、行政の関与は、趣旨は適切でも、制度設計は、微妙だというのが現場の感じ方なのです。
同様に、このポートフォリオは、貧困エリアでの対策として、新築の物件を、補助金を出して民間に建てさせ、その後、貧困層にのみ、賃貸を許可する。15年後、賃借人が購入したかったら購入させてあげること、そういう趣旨のポートフォリオでした。
今年はちょうど15年目。お役所の紐付きから解放されるのかと思いきや、累計300ページにわたる契約書を分析したところ、ちょうど去年、2024年に、更に20年、同じ条件で賃貸経営をすることが、融資や固定資産税減免の条件として、指示されていました。
遵守しなければいけない条件は多様にわたり、例によって、趣旨はわかるが、実際にやるのはご勘弁、というものばかりでした。
いわく、
■ ポートフォリオのウン%は、エリアの所得中央値の120%以下の所得要件を満たす賃借人にのみ、貸すことができる。
■ ポートフォリオのウン%は、エリアの所得中央値の50%以下の所得要件を満たす賃借人にのみ、貸すことができる。
■ 賃借人審査は、役所に許可を取ってやる。
■ 賃料は、コレコレの計算式に基づき、策定する。
■ 所得が低いテナントの入居申請は、基本、審査に基づく拒否はできない。
■ 賃料改定は、役所に許可を取ってやる。
■ 未払賃料回収は、役所に許可を取ってやる。
■ 修繕予備金は、役所に積み立てる。この額は、毎月、回収家賃の11.93%とする。
■ 修繕予備金が利用できるのは、CAPEX(資本的支出・大規模修繕)に該当する場合のみ。
■ 修繕予備金支出は、役所に申請して支払いを受ける。
■ 物件売却の場合は賃借人が最優先。できない場合、当方都合賃貸借契約解約は、役所の許可があるときのみ可能。
と、許認可行政オンパレード。
45室の物件は、確かにすべて満室で、テナントは、ほぼ間違いなく支払いをしていましたが、実際の支払い賃料は、物件のランクからすれば、3分の1からせいぜい2分の1なのですから、不払いがでることは、稀でしょう。
しかも、不払いが出ても、追い出すには、大変な手間がかかります。貧困対策のためにやっている役所仕事の下請けだからです。修繕積立金の積立が、不払い対策で、大家に払い戻されるのなら、また別かもしれませんが、そういう契約にはなっていなさそうでした。
そんなわけで、15年の経営後、このポートフォリオの修繕予備金は、実に、120万ドルと膨れ上がっていました。
そのため、理論上は、当方は、
□ 購入価格300万ドル
□ 2010年築の築浅戸建て物件45戸のポートフォリオ
□ ほぼ満室経営、ほぼ賃料踏み倒しなし
□ 実際に用意するのは、175万ドル
□ 融資は、125万ドル、金利は、1%
□ 修繕予備金120万ドルは当方が継承
というバラ色条件だったのですが、実際には、修繕予備金の積立は、当方都合では、現金化はできないのですから、絵に描いた餅。ないのと同じです。投資する金額175万ドルに対するキャッシュオンキャッシュリターンを計算したところ、11%台としかでませんでした。
当方のポートフォリオは、通常はキャッシュオンキャッシュリターン7-9%くらいが初動目標です。長期的には、賃料が上がりますから、10%を超えるのは当然と考えています。
過去のポートフォリオは、こんな感じです。
直感としては、これだけ手間がかかるわけですから、11%台くらいでは、割に合わない、本当にそう思いました。
現在管理をしっかりやってくれている管理会社のマネージャーにも、このプログラム(Low-Income Housing Tax Credit (LIHTC)、私達は、ライテックと発音しています)の管理をやったことがあるかと聞いたところ、「自分は、わからない」ということでした。
現実問題として、屋根一つ直すのに、政府補助が必要なわけですから、そんなことは、管理会社の担当者には頼めません。購入するなら、私達が自分でやる覚悟が必要。そうなれば、COCが、30%といったリターンならまだしも、たかだか11%くらいでは、労賃が出ないのです。
物件自体についてですが、市中価格が算出できるとすれば、いずれも、10万ドルは硬いでしょう。
当時は新築プロジェクトだったのですから、土地取得と建設には、20万ドルくらいはかかったのではないかと想像します。しかし、テナントが500ドルしか払っておらず、そのテナントを追い出すことができないのですから、実際には、価格はあってなきが如し。物件を好きにすることができない以上、6万7000ドルの価格も、高すぎるというのが最終評価です。
このポートフォリオのアンダーライティング(審査)検討は、書類読み込みが鍵でした。例えば、購入直後、この紐付き融資を返済すれば、なんとかなるのだろうか?といった疑問が生じました。
実際に書類をすべてプリントアウトし、どれも一読しましたが、それだけでは当然自信がなく、AIにスキャンさせ、一緒に読み込んでもらいました。これがなければ、これほど早く、これほど自信を持って、ノーとは言えなかったかもしれません。
いい案件は、人に取られてしまいますので、案件が来たら、最優先で審査し、購入しない場合は、その理由がはっきりしていなければ、関係者も、次を持ってきてくれないわけですので、時間との戦いは重要なポイントです。
この案件を持ってきたのは、馴染の超ベテランの商業レアルターさん。
商業レアルターさんというのは、commercial realtorというカテゴリーで、通常の戸建てやマンションを販売居宅物件のレアルターさんと違い、高度な商品、商業案件を仲介する事ができる業者さんです。日本では、この分け目は制度的にはないようですね。
さて、この業者さんも、突き返した際に、「こんなしょうもない案件を持ってくるな」とクレームを付けたら、「仕組みが理解できていなかった、そんな内容だったなんて、申し訳ない」と、私の共同経営者に謝ってきたそうです。私の日々は、千三つとまではいかないですが、こんなこともままあります。
米国でもお役所と付き合うというのは、こんな感じなんですよね、というお話でした。。。
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